コモンズエコノミーとは - コモンズに循環をもたらす
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Årc は「コモンズ」という理念を掲げるだけの場所ではありません。それを、続いていく仕組みとして実際に回していこうとしています。その仕組みが、「コモンズエコノミー(Commons Economy)」だと考えています。
コモンズが「何を大切にするか」の話だとすれば、コモンズエコノミーは「それを、どう回し続けるか」の話です。この読み物では、その経済がどういう考え方で成り立っているのかを、具体的にたどっていきます。
1. なぜ、「エコノミー」が必要なのか
美しい理念だけでは、コモンズは続きません。
建物は傷み、エネルギーを必要とし、人は食べていかねばならない。どんなに志が高くても、「お金」や「価値」という現実と遭遇します。そしてこの現実の前で、多くの美しい共同体が、二つのどちらかに倒れてきました。
ひとつは、理想を守るために経済を遠ざけ、痩せ細って続かなくなる道。もうひとつは、続けるために市場原理を招き入れ、いつのまにか"普通の商売"になって、理念が抜け落ちていく道。
コモンズエコノミーは、この二者択一そのものを問い直す試みです。経済を、コモンズを壊す力として拒むのでも、コモンズを明け渡す相手として受け入れるのでもなく、コモンズを養い、つづけていくための力として、設計しなおす。理念に、循環という血を通わせること。それがエコノミーの役割です。
2. 市場経済とコモンズエコノミー ── OSの違い
いちばんわかりやすいのは、この二つを、経済の「OS(基本思想)」の違いとして並べてみることです。同じ「お金を払う」という行為でも、どちらのOSの上で動くかによって、その意味はまったく変わってしまいます。

市場経済というOSでは、こう動きます。 お金を払う人は「消費者」であり、受け取る側の場所やサービスを「利用し、消費する」。取引が終われば、関係も終わる。最適化の基準は、効率と収益です。そしてその過程で、市場で値のつかないもの──暮らしの手ざわり、土地の美しさ、人と人のつながり──は、コストとして削られるか、あるいは商品へと囲い込まれていく。コモンズとはで紹介した「囲い込み」の論理は、このOSが必然的に生み出す帰結なのです。
コモンズエコノミーというOSでは、こう動きます。 お金を払う人は「消費者」ではなく「循環の参加者」になります。支払いは、何かを消費するための対価ではなく、コモンズを次の人へ手渡していく循環に、加わる行為です。だから取引は、関係の終わりではなく、関係の始まりになる。最適化されるのは、短期の収益ではなく、コモンズがつづいていくことと、関わる人みんなの豊かさです。
この違いを踏まえると、Årc のある一文が、単なる詩的な表現ではなく、OSの違いを正確に述べた定義であることがわかります。
あなたが支払うお金も、Årc というコモンズを維持したり、アーティストを支援したり、地域での Commons Economy の実践をつづけていくための循環に加わります。
これは情緒的なレトリックではありません。あなたの滞在費は、部屋の"利用料"ではなく、コモンズへの"参加費"であるという、経済設計そのものの宣言なのです。
3. コモンズエコノミーが回す、三つの循環
抽象論で終わらせないために、この経済が実際に何を回しているのかを、三つの循環として見ていきます。Årc は、この三つすべてを回そうとしています。
① お金の循環 ── 利用料ではなく、参加費として
滞在費は、部屋を売り切る取引の対価ではなく、コモンズを支える循環への出資になります。Co-Owner による協働組合型の経営も、同じ論理の上にあります。所有と経営を、少数の株主の収益を最大化するためではなく、関わる当事者みんなでコモンズを治めるために配置しなおす。前の読み物で触れたオストロムの発見──「使う人が、自ら治める」──が、そのまま経済の構造として実装されているのです。
② お金を介さない循環 ── ギフトと、手入れ
コモンズエコノミーは、貨幣経済を否定はしません。けれど、すべてを貨幣に一元化もしません。
食事や車をシェアすること。庭や畑を手伝うこと。知識を分かち合うこと。次の人のために整えておくこと。これらは、値段のつかない 贈与の循環(コモニング) です。市場経済がすべてを貨幣に翻訳しようとするのに対して、コモンズエコノミーは、貨幣の循環と、贈り合いの循環を、両方同時に回す二層構造を持っています。
屋久島には、もともと「野菜や魚を贈り合う」ギフト経済の文化が息づいています。コモンズエコノミーは、外から持ち込む新しい仕組みであると同時に、この島にすでにある文化と、深く地続きなのです。
③ 地域のなかの循環 ── 外へ流れ出させない
市場経済は、島で稼いだお金を、島の外へと吸い出していく構造を持ちやすい。島内で生産されない多くのものを島外から買えば、お金は地域内を巡らずに流れ出ていきます。物流が途絶えれば、たちまち危機に陥る──これは、Årc の地域通貨プロジェクト(Local Currency)が見つめている、まさにその課題です。
コモンズエコノミーは、価値をできるだけ 地域のなかで巡らせ、コモンズを厚くしていく 方向に設計します。地域通貨、清掃の協働組合、住宅の協同組合──Årc のプロジェクト群は、この「域内循環」を生み出す装置として、一本の筋で貫かれています。
4. Årc のプロジェクトは、コモンズエコノミーの「実験区画」
Årc のサイトには、いくつものプロジェクトが並んでいます。Local Coop Housing、Cleaning Coop、Mobility Commons、Local Currency、Sauna Coop、New Commons Ground。
一見すると、これらはバラバラの社会貢献活動に見えるかもしれません。けれど、そうではありません。すべてが、「市場に囲い込まれつつあるものを、当事者による統治のもとに、もう一度ひらき直す」という、たった一つの原理の、領域ちがいの実践なのです。
住まいを、市場資産から、暮らしのコモンズへ(Housing)
労働を、奪い合いから、協働へ(Cleaning)
移動を、私有の車から、共有の足へ(Mobility)
お金を、外へ流れ出るものから、域内を巡るものへ(Currency)
どれも、市場原理に委ねれば失われていくものを、コモンズとして取り戻そうとする試みです。つまり Årc は、コモンズエコノミーという新しい経済のOSを、屋久島という現場で、実際に インストールしてみる学びながら実践をしているのです。
5. 島から、世界へ ── コモンズエコノミーの広げかた
Årc には、「島から世界へ(island to world)」というビジョンがあります。屋久島を起点に、他の地域や国々にも、コモンズの実践拠点を少しずつ広げていく。国を越えて訪れてくれた人々と、世界のどこかに、新たなコモンズをつくっていく(New Commons Ground)。
このビジョンは、思いつきではありません。ここでも、オストロムの理論が背中を支えてくれます。彼女は、大きなコモンズが持続するとき、それは決して一枚岩の巨大組織ではなく、入れ子(nested)──小さな自治の単位が、層をなして重なり合う構造──として機能する、と述べました。
コモンズエコノミーのスケールのしかたは、市場経済とは根本的に異なります。市場経済は、あらゆるものを 一つの巨大な市場へと統合していこうとします。けれどコモンズエコノミーは、そうではない。
自律した小さな経済圏が、それぞれの土地に根を張りながら、互いに重なり合い、層をなして連なっていく。
屋久島で成り立った小さなコモンズエコノミーの単位が、他の地域の単位と手を取り合い、やがて世界へと広がっていく。「島から世界へ」とは、一つの巨大な何かに呑み込まれていくことではなく、小さな自律が、たくさん連なっていくことなのです。
6. Årc にとって、コモンズエコノミーとは
わたしたちの定義を、あらためて置きます。
コモンズエコノミーとは、暮らしや自然やアートといった豊かさを、市場に明け渡して消費し尽くすのではなく、関わる人々が支え合いながら、次へと循環させていく──そのための経済のかたちです。
そこでは、お金を払う人は「消費者」ではなく「循環の参加者」になります。支払いは、何かを消費するための対価ではなく、コモンズを次の人へ手渡していく循環に加わること。お金を介す循環と、贈り合いというお金を介さない循環。そのどちらもが、この場所とこの地域を、豊かに保ち続けます。



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